minimum-maximum

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2003年2月26日の翌、明け方、道を彷徨い歩きながらそんなことを想い出し、「STOP」と口にしてみる。
直後に漆黒のカラスが「カァ」と鳴いた。
カラスに馬鹿にされたような気がした。
オ前ガ「止めろ」ト 口走ッタッテ、何モ変ワリャセンノダヨ。
そう言われたような気がした。

悔しくて涙が出てきた。唇を噛みしめ、震えが止まらなかった。
嗚咽混じりの「Radio Activity」をカラスに向けて唄ってやった。

車、列車、自転車、走り続けること・回り続けること・立ち続けることの面白さ、難しさ、
それにまつわるトラブル、音、匂いを限りなく追求するのが、彼らだ。
36年の間、そしてこれからも止まることなく。

名古屋地区の会場は愛知勤労会館。かなり古い建物。しかも全員着席。
開演前の会場は何も音楽が流されていない。
皆、固唾を飲んで待っているのか、お喋りに興じているのか...。
やがて、仄かなトーン音が聞えてくる。照明が落とされ、幕が開く。

Man Machineのロゴがスクリーン一杯に映し出され、白抜きの文字が順々に
赤く変わっていく様子を見て、一気に込み上げてくるものを感じた。

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神格化するのも手段系の一つだが、メディアの通り一辺倒な扱いのアンチ・テーゼとして
敢えて彼らを「神」と称する場合が多い。
撲といえば彼らを「恩師」と呼ぶ。


ステージに戻ろう。
さしずめ、特上の音響映像ショーを体験した、という満ち足りた気分。
まるでヨーロッパ特急やツール・ド・フランスを体験してるかのような
つまり実際に自分が機関車になったり自転車に乗ってるような体感ができる幸せ。
カーブにあわせて身体が左右に揺れる。極上のシミュレーションゲームを享受した。
しかも目の前で演奏だ。

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「TEE」でスクリーンに現れた映像で、今まで聴いていた音の素材が全て明かされた。
「メタルオンメタル」でのハンマービートが車両の連結部に付いている緩衝器がぶつかり合う音と見事にシンクロしてる。
鉄道ファンにはたまらない。あのTEEのプロモ一本で一晩中でも語り明かせまっせ。

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はっきり言って、メンバー4人が立ったままノートパソコンを前に何やら操作している、
ただそれだけといえばそれまでである。

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往年のパフォーマンス、例えば山と積まれた機材を行ったり来たり
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時にはピンポンのようなアクションをとるなど
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―-―-―-といったことは一切無し。
もちろん、電卓をスティックで叩きながら舞うなど

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ましてや観客に触らせるなんてことも
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―-―-―-といったことは一切無し。(そのかわり客席でやってる奴らがいた!)

予習のためトラッキング品質の悪いブートで刷り込んでおいたプロモなんかも
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ステージ全面を使ったスクリーンに映し出されるとまた格別の趣がある。
けど。所詮、予め録音された音を流すだけだって???

では、こんな例はどうだろうか?

インカム着けて唄って踊る様子を見るだけで満足なのである。
たとえそれがリップシンク(口パク)であろうと、んなこたぁどーでもいいことなのである。
だいたい激しく踊って息の一つも切れずに音の一つも外さずに唄い続けるヒトがいるならば
お目にかかりたいもんだ。
目の前で、そんな様子が繰り広げれられてるのを眺める、アイドルのパフォーマンスと一緒の時空間を過ごす幸せ。
その境地。


ところで、来日前のインタヴューで彼ら(ラルフ氏)は、こう語ってる。
(ステージ上のクラフトワークは徹底してクールですね、との問いに)
「電子機器は非常に微細なもので、その操作は、ミクロ単位でメスを動かす外科手術のようなものだ。 
手術を行っている医者が術中に飛び回ることができないのと同じだ。」
御意。まさにナノテクノロジーの世界。
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だからこそインプロヴィゼーションやアドリブも可能なのだと言う。
アウトバーンやTEEでは交通事情などによって速度や音を変えることができるのだ、と。
お見事。これぞ音楽家の鑑。
でも、「ショールーム・ダミーズ」演ってほしかったなぁ。
リリース当時の「キメ」ポーズをやってくれたところで何人がウケるかは疑問だったけど。
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「Radio Activity」で、それまで抑えていた感情が爆発する。
サブリミナルと呼ぶにはあまりにもはっきりと認識できる時間で
「STOP」という文字が「Radio Activity」の前に映写される。
「STOP」という言葉が「Radio Activity」の前に放送される。

チェルノブイリ...そしてヒロシマ。
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とても難しくてヘヴィな事を考えてた。
かつては「戦友国」として同盟を組み、それぞれ人間同士でありながら、
許しがたい罪を犯し、その代償というにはあまりにも多大な犠牲を払うことになった。
2回の原爆投下と、国の分裂という代償。
安易に反戦や反核、うわべだけの被害者意識を奮ったところで何の意味もない。
ただ、このナンバーを聴いてると想う。これは全てに対するレクイエムなのだと。

いつのまにかアンコール。

「Robot」
幕が開いた瞬間、その晩で最大の拍手を送った。
何にかって? もちろん生身のメンバーが一人もいないステージに対してさ。
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あーすげー、ホントに連れてきやがった こいつら。
(今回もロボットたちは連れてこないのですか?という問いかけに
 「彼らがどうしても日本に行きたいと言うんで、連れて行くことにしたよ」というラルフの発言があった)

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音楽にかしずくように緩やかに舞う彼らをこの目で見ることができて涙が出て来た。
ありゃ?1体1千万は優に超えるよな、メンテするならやっぱ日本だよなー
微細加工部品の職人も揃ってるし。とか思いながら...。
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その晩、撲は彼らに3度涙した。

Man Machineで
Radio Activityで
Robotで

それぞれの要因は違ってて。
最初のは、20年間逢えなかった恩師にようやく逢えたような感激。
次のは、ぐちゃぐちゃな感情。
最後のは単純に「コレ、観れて良かったホント」の嬉し涙。

ルー・リードん時もパティ・スミスん時もイアン・マクナブん時も涙腺は緩んだことは緩んだけど、
これほどまでに一気に込み上げたことはなかった。
つかり、彼らがそれだけセンチメンタルでメランコリックな存在だ
ということなのか。何て人間臭い話だ。


喉カラカラ。

メンバーを前にして精一杯の挨拶と賛辞、赫赫云々を英語で並べ立てた後は、
「アレス・クラー」「シューン」これを繰り返してた。
ただ、ひたすら「アレス・クラー」「シューン」。

まるでこれからツーリングにでも行くのか?と思うよな、いでたち。
20年ぶりの同窓会で、恩師の教授達に逢ったような、不思議な感覚。

サインしてもらおうと差し出した「アウトバーン」のジャケットをわざわざ裏返して、
自分の写真のTシャツのラインに沿って右肩上がりのオートグラフを書いてくれる。
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そして...
「30年前の、こん時はコウだったけど、今じゃコウなのサ」と言いたげに
ベレー帽を脱いで後頭部をさすりながら照れ笑い。

撲はその数分間、息をするのと、唾を飲み込むのを忘れていたようだ。
「電卓」の12インチにも快くサインをいただいた。
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やはり、OMDが師と仰ぐKRAFTWERKなのだから、ということで
意を決して翌朝「Radio Activity」の裏ジャケットにフローリアン氏のサインを書いていただく。

心の中で呟いた。
あなたがたのおかげで、今の撲がいます。

音楽を聴き続けて、よかった。

*文中インタヴューは全て「ストレンジ・デイズ」No.55から引用
*興行映像はDVD「minimum - maximum」よりキャプチャー
*「画質の悪いブート」からの映像は「KRAFTWERK TV COMPILATION」よりキャプチャー
*「Radio Activity」のサイン画像はOMDのファンサイト「OMD STATION」バイオグラフィに掲載
  http://jage.jp/omd/bio/biography.html
  銀色のペンだったのだけど、乾く前にライナーに挟んでしまったんで転写して薄くなってしまいました、トホホ。

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プロフィール

borogram

活動地

東京

自己PR

僕の洋楽生活は1980年、ミニコンポと共に始まりました。 主にUKのニュー・ウェーヴやニュー・ロマンティックを聴きまくり、 1985年遂にヴェルヴェット・アンダーグラウンドに辿り着きました。 ビートルズは1987年、ストーンズは1989年それぞれのCD化を機に聴き始めました。 チェコやハンガリーなど東欧ものも好きです。 ようやく今になって、「あの頃」のパンク・ニューウェーヴを改めて聴き直しています 。 OMD(ORCHESTRAL MANOEUVRES IN THE DARK)のファンサイト「O.M.D. STATION」 のスタッフしてます。

初めて印象に残ったアルバム
Viva | LA DUSSELDORF
LA DUSSELDORF「Viva」

「ラ・デュッセルドルフ症候群」という文章を収録した本を自費出版したほど好きです。

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